常識は偏見のコレクションでしかない

今日は予約の合間を利用して、外側上顆炎(テニス肘)に関連する解剖学について調べていた。

このような作業はもう20年以上続けているので、ほぼ復習のような感じである。

しかし、今日はちょっと驚くようなことを発見したのだ。

それは、今まで「当たり前」と信じていたことが、実はそうではなかった可能性が出てきたのだ。

常に知識をアップデートしていくことがいかに重要であるかを、改めて認識した次第である。

しかし、現段階では論文の中での話なので、後はぼく自身が検証して、その信憑性を確認することとなる。

 

アインシュタインの言葉にこんなのがある。

常識とは 18 歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない

常識とはまさに偏見である。妄想と言ってもいいだろう。

常識にとらわれて生きることほど、不自由な生き方はない。

しかし、多くの人は常識の範囲内で生きている。

何となく社会の常識を感じ取って、それに倣って自分の行動を決めている。

「学校へ行くのが常識だ」

「就職するのが常識だ」

「ワクチン打つのが常識だ」

いろいろな常識(妄想)が無量無数にある。

しかし、一歩立ち止まって、その常識を疑ってみてはいかがだろうか。

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