肩関節インピンジメント症候群:運動学的および解剖学的考察

肩関節インピンジメント症候群は、肩関節の運動、特に腕を上げる動作中に、肩関節周辺の軟部組織が圧迫されることで痛みが生じる疾患群として定義されます 。

本記事では、肩関節インピンジメント症候群の患者が腕を上げる際に経験する疼痛が増悪する現象について、その根底にある解剖学的および運動学的メカニズムを詳細に解説してあります。

複数の情報源から、肩関節周辺での骨、軟骨、靭帯などの構造物の衝突や摩擦が、この症候群における痛みの主要な原因であることが示唆されています。

特に、腕を頭より高く上げる動作や、特定の角度に腕を上げる際に痛みが増強することが特徴的です。この事実は、疼痛が静的な状態ではなく、肩関節の動きに伴って動的に変化することを示唆しており、そのメカニズムの解明には運動学的視点が不可欠であることを示しています。 

肩関節の解剖学

肩関節は、上腕骨、肩甲骨、鎖骨という3つの骨と、それらを連結する様々な軟部組織によって構成されています。

骨構造

  • 上腕骨(Humerus): 上腕の骨であり、その近位端にある上腕骨頭(Humeral Head)は、肩甲骨の関節窩(Glenoid Fossa)と肩甲上腕関節を形成します。
  • 肩甲骨(Scapula): 背面にある三角形の骨であり、上腕骨頭を受け止める浅い凹みである関節窩、肩関節の「屋根」を形成する肩峰(Acromion)、および烏口突起(Coracoid Process)という2つの骨性の突起を有しています。   
  • 鎖骨(Clavicle): 胸骨と肩甲骨を結ぶS字状の骨であり、肩峰とは肩鎖関節(Acromioclavicular Joint)で連結します。

軟部組織

  • 腱板(Rotator Cuff Tendons): 上腕骨頭を取り囲む4つの筋肉(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)の腱であり、肩関節の安定性と運動機能に不可欠です。特に、棘上筋腱はインピンジメント症候群において最も影響を受ける腱の一つです。 
  • 肩峰下滑液包(Subacromial Bursa): 腱板腱と肩峰の間にある滑液包は、運動時の摩擦を軽減する役割を果たします。   
  • 烏口肩峰靭帯(Coracoacromial Ligament): 肩甲骨の烏口突起と肩峰を結ぶ靭帯であり、烏口肩峰アーチの一部を形成します。
  • 肩峰下腔(Subacromial Space): 肩峰と上腕骨頭の間に存在する狭い空間であり、腱板腱と肩峰下滑液包がこの中に位置します 。

これらの構造物の近接性と、限られた空間の存在が、肩関節の運動中に軟部組織が圧迫される可能性を示唆しています。

特に、肩峰下腔は、腕を上げる動作によってさらに狭くなるため、インピンジメント発生の主要な部位となります。

正常な肩関節挙上の運動学

肩関節の挙上動作は、肩甲上腕関節(Glenohumeral Joint)と肩甲胸郭関節(Scapulothoracic Joint)の協調的な動きである肩甲上腕リズム(Scapulohumeral Rhythm)によって実現されます 。

  • 初期段階(外転0-30°/屈曲0-60°): 主に肩甲上腕関節の動きによって行われます。 
  • 中期段階(外転30-90°/屈曲60-120°): 肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節が約2:1の割合で協調して動きます。
  • 最終段階(外転90-180°/屈曲120-180°): 肩甲骨の上方回旋と外旋が継続され、肩甲上腕関節の動きと連動します。 

挙上動作には、三角筋、腱板筋群(特に初期の外転に重要な棘上筋)、および肩甲骨を安定させる筋肉群(前鋸筋、僧帽筋など)が重要な役割を果たします。正常な肩関節の可動域は、屈曲と外転ともに約180°です 。 

正常な運動学を理解することは、インピンジメント症候群における異常なメカニズムを比較検討する上で不可欠です。中期段階に見られる2:1の肩甲上腕リズムは、肩関節の効率的な運動に重要な役割を果たしています。

肩関節挙上時のインピンジメントの病態力学

肩関節挙上時には、特に外転または屈曲の60°から120°の範囲(有痛弧)で、肩峰下腔が生理的に狭くなります。

この狭窄により、腱板腱(特に棘上筋腱)や肩峰下滑液包が、肩峰や烏口肩峰靭帯と衝突し、機械的な刺激(インピンジメント)が生じます。

肩峰の形状の変異(例えば、鉤状の肩峰)や骨棘(骨増殖)の存在は、肩峰下腔をさらに狭め、インピンジメントのリスクを高める可能性があります。

Biglianiの分類では、肩峰の形状は主に3つの型に分類され、Type III(鉤状)が最もインピンジメントとの関連性が高いとされています。

反復的な挙上動作や、腕を肩より高く上げる動作は、繰り返し軟部組織を圧迫し刺激するため、インピンジメントを引き起こす要因となります。

不良姿勢(猫背など)は、肩甲骨と上腕骨の位置関係を変化させ、腕を上げる際に肩峰下腔を狭める可能性があります。

有痛弧は、肩峰下腔の大きさが挙上角度によって変化することに直接関連しています。特定の角度範囲で痛みが生じ、それ以上の角度や低い角度では痛みが軽減または消失するのは、この空間の狭まり具合が最大になるためと考えられます。

解剖学的要因と機能的要因が複合的に作用することで、肩関節インピンジメント症候群は発症すると考えられます。

肩甲骨運動不全(Scapular Dyskinesis)

肩甲骨運動不全は、肩甲骨の異常な運動または位置として定義されます。肩甲骨運動不全は、肩甲上腕リズムを変化させ、腕を上げる際に肩峰の位置に影響を与え、肩峰下腔をさらに狭める可能性があります 。

肩甲骨を安定させる筋肉(前鋸筋、下部僧帽筋など)の弱化や、胸部の筋肉(小胸筋など)の緊張は、肩甲骨運動不全を引き起こす要因となります。

肩甲骨運動不全は肩の痛みの結果として生じるだけでなく、その原因となる可能性もあります。この双方向の関係が、インピンジメントをさらに悪化させる要因となります。

炎症反応と疼痛知覚

肩峰下腔での繰り返される圧迫と摩擦は、腱板腱炎や肩峰下滑液包炎といった炎症を引き起こします。炎症は、患部の組織に存在する痛覚受容器(侵害受容器)を刺激する化学伝達物質の放出を引き起こし、疼痛として知覚されます。

腕を上げる動作は、機械的な圧迫をさらに増強するため、痛覚受容器の刺激が増加し、疼痛が増悪します 。夜間痛は、炎症の増加や特定の体位による圧迫が原因で悪化することがあります。

炎症は、滑液包や腱を肥厚・変性させ、肩峰下腔をさらに狭め、インピンジメントを悪化させるという悪循環を生み出す可能性があります。このメカニズムが、肩関節インピンジメント症候群が慢性化する要因の一つと考えられます。

結論

肩関節インピンジメント症候群における肩関節挙上時の疼痛は、骨構造(上腕骨、肩甲骨、鎖骨)と軟部組織(腱板腱、肩峰下滑液包、烏口肩峰靭帯)の複雑な相互作用、および肩甲上腕リズムという協調的な運動によって生じる肩峰下腔の狭窄によって引き起こされます。

腕を上げる動作は、特に有痛弧において、腱板腱と肩峰下滑液包を肩峰と烏口肩峰靭帯との間で機械的に圧迫し、炎症を引き起こします。

この炎症が痛覚受容器を刺激し、疼痛として知覚されます。解剖学的変異や肩甲骨運動不全は、この状態をさらに悪化させる可能性があります。

したがって、肩関節挙上時の疼痛は、解剖学的要因と運動学的要因、そしてそれに伴う炎症反応が複雑に絡み合って発現する結果と言えます。

表1: Biglianiの肩峰形状分類

肩峰タイプ 説明 インピンジメントの可能性
Type I 比較的平坦な下面を持つ
Type II 湾曲した形状を持つ
Type III 鉤状に曲がった形状を持ち、棘上筋腱が通過する出口を狭める可能性が高い
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肩関節インピンジメント症候群は、肩関節の運動、特に腕を上げる動作中に、肩関節周辺の軟部組織が圧迫されることで痛みが生じる疾患群として定義されます 。 本記事では、肩関節インピンジメント症候群の患者が腕を上げる際に経験する疼痛が増悪する現象について、その根底にある解剖学的および運動学的メカニズムを詳細に解説してあります。
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