第7話 LAの暗闇で野宿寸前に!?私のカイロプラクティック人生を決定づけた「原体験」

皆様、こんにちは。スポーツ医学&カイロプラクティック研究所の榊原です。

当ブログでは普段、スポーツ医学の知見や身体のメカニズムに関する専門的なお話をしていますが、今回は少し趣向を変え、私が治療家としての道を歩み始めた頃の「個人的な原点」についてお話ししたいと思います。それは、アメリカでドクター・オブ・カイロプラクティック(D.C.)のライセンスを取得するために、期待と不安を胸にロサンゼルスへ降り立った「留学初日」の出来事でした。


順風満帆なスタート…のはずが一転、異国で孤立無援に

意気揚々とアメリカに到着した私を待っていたのは、信じられないようなトラブルでした。到着したその日が運悪く現地の祝日と重なってしまい、手配していたはずの滞在先(ドミトリー)が完全に閉鎖されていたのです。

当時は現在のようにスマートフォンで簡単にホテルを探せる時代ではありません。右も左もわからない異国の地で、知り合いもゼロ。私は日本から持ってきた巨大な「ずた袋」を抱えたまま、文字通り路上に放り出されてしまいました。

極限状態の中で見つけた、一筋の光

治安状況も分からないまま、重い荷物が肩に食い込む痛みに耐え、人気のない夜のノースリッジをひたすら歩き続けました。通り過ぎる車から大声でからかわれ、心身ともに疲労困憊。「いよいよ今夜は野宿するしかないのか」と絶望感がピークに達した夜8時過ぎのことです。

暗闇のずっと向こう側に、ポツンと光るカタカナの「ビデオ」という看板を見つけました。

一縷の望みを託してその店に飛び込むと、そこには閉店作業中の日本人女性オーナーがいらっしゃいました。事情をまくしたてる私を、彼女は嫌な顔ひとつせず受け入れ、近隣のモーテルを手配してくれたばかりか、ご自身の車で送り届けてくれたのです。

この経験が教えてくれた「サポート」の本質

真っ暗闇の中で絶望していた私にとって、あの時の「ビデオ」の看板の明かりと、見ず知らずの私に差し伸べられた温かい手は、一生忘れることのできない人生の転機となりました。

身体の不調や怪我に悩まされている時の心境は、この「先の見えない暗闇で、重い荷物を背負って途方に暮れている状態」にとてもよく似ています。私たちが研究所や臨床の現場で目指しているのは、まさにあの夜の女性のように、困っている方にとっての「確かな道標」となり、本来の歩みを取り戻すためのサポートを行うことです。

波乱に満ちた私のアメリカ生活の幕開けは、カイロプラクターとしての、そして人を支援する立場としての強烈な原体験として、今も私の根底に息づいています。

📖 詳しいエピソードは「徒手療法大学」ブログにて連載中

この「アメリカ留学初日の大トラブル」に関するさらに詳しい情景や、緊迫したストーリーの全貌は、私が学長を務める『徒手療法大学』の公式ブログにてコラム連載しております。ご興味をお持ちいただけましたら、ぜひ併せてご覧ください。


▶ 【学長コラム】私の原点(7)〜過酷すぎるアメリカ留学初日!絶望の夜を救った一人の女性〜

徒手療法大学では現在学生を募集中です。カイロプラクターになりたいという方はぜひお問い合わせください。
最新情報をチェックしよう!