情報ゼロ。それでも「本物の技術」を求めて
私が留学を決意した1990年当時、今のようにインターネットで簡単に調べ物ができる時代ではありませんでした。アメリカの大学に関する情報は日本にはほとんどなく、周りに相談できる人も一人もいない状態でした。
分かっていたのは、「アメリカには、プロスポーツ選手を支える『カイロプラクター』という専門家がいる」ということだけ。
「まずは現地に行かなければ始まらない」。私はそう決意し、たった一人で準備を始めました。今振り返ると、この時の「何としても本場の技術を学びたい」という執念が、現在の私の治療の原点になっています。
代行に頼らず「自力」で道を拓くことの意味
留学の準備には、複雑な英語の書類やビザの申請が必要です。今は代行業者に頼むのが一般的ですが、私はすべて自分一人で行いました。
辞書を片手に慣れない英語で手紙(エアメール)を書き、返事が来るのを1ヶ月待つ……。
この時の経験が、マニュアルに頼らず、お一人おひとりの症状に真摯に向き合い、解決策を自ら探し抜くという現在の治療スタイルに繋がっています。
一通の封筒が繋いだ、未来への切符
数ヶ月のやり取りを経て、ようやく手元に届いた「学生ビザ」のスタンプ。それを見た時の震えるような喜びは、今でも鮮明に覚えています。「これでようやく、世界最高峰のスポーツ医学を学べる」。
こうして私は、一円の重みと、自らの手で道を切り拓く厳しさを胸に、ロサンゼルスへと旅立つ準備を整えたのです。しかし、この壮大な計画を、まだ家族には話していませんでした……。
(次回、いよいよ渡米。両親への告白編へ続きます)