”Doing Nothing”

おはようございます!今朝は4時前に目が覚めたので、いつもより活動開始時間が早かった。さすがにこの時間だとまだ暗いですね。

 

昨日は楽しみにしていたアーチャン・ニャーナラトー師の法話会でした。しかし、Zoomを使った法話会でした。初のZoomでしたが、これはなかなか優れものだなあと思いました。

 

発信側は参加者の顔色を伺いながら、進めていくのだけど、それがわからないので戸惑っている様子でした。

 

参加している側は、何も不便を感じませんでした。逆にオフィスに居ながらにして参加できるのでとても便利でした。

 

2時間の法話会でしたが、その中で一点だけご紹介します。それは、“Doing Nothing”について。

 

直訳すると、「何もしない」となりますが、これだと意味がよくわかりません。

 

しかし、これを「Doをしない」「『すること』を止める」と言ったら、何となくその意味がわかるでしょうか。

 

私たちは、絶えず「何かをしよう」と考えています。心は退屈な状態を嫌うからです。

 

「何かをしよう」として常に刺激を求めている。これが、殆どの人の心のデフォルト状態です。

 

これでは心が休まる暇がありません。

 

ニャーナラトー師は、それを一旦止めて心に「“A holiday of the heart”をあげてはいかがでしょうか?」と仰っていました。

 

しかし、Doing nothingは意識しないとなかなか難しいです。否、意識してもついついDoing somethingになってしまうのがわかると思います。「何か」を求めてしまうのです。

 

実はそのことが「苦」へとつながっていきます。

 

頭の中ではわかっていても、瞑想中には気づかずにやってしまっていることがあります。

 

昨日の法話会では、このこと以外にも多くの気づきを得ることができました。たまにはこういう機会も必要だと痛感しました。次回があったら、もちろん参加するつもりです。

 

このような機会をいただけたことを心の底から感謝しています。

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