表現の自由

おはようございます!今朝は胸と上腕三頭筋。フレンチプレスは右手の第5MP関節周辺が痛いのでグリップを変えてやりました。アジャスメントでおかしくしたような気がする。

 

「表現の自由」という言葉があるが、これを勘違いしている人がいる。自由だから何でもありというわけではない。

 

そもそも、自由というのはある一定のルールがなければ、単なる無秩序に過ぎない。そのルールの最重要ポイントは、「他人を不快にさせたり、悲しませたりしないこと」である。

 

例えば、言葉は使い方次第で凶器にもなる。人の命を助かることもあれば、殺すこともできるのだ。

 

同じ内容のことでも、表現次第で随分と印象が変わるもの。だから、言葉の使い方には細心の注意を払う必要がある。

 

中学生のころ、クラスのある連中が面白がって担任の写真を遺影風に教室に飾ったことがあった(ブラックユーモアというやつ)。

 

それを見た担任は、発狂こそしなかったが、この行為がいかに良くないことであるかをクラス全員に説教したのを覚えている。

 

彼らにしてみれば、ほんの冗談のつもりだったのかもしれない。しかし、こういう行為は当事者を不快にさせ悲しませる。絶対にやってはいけないことである。そして、これは表現の自由とは言わない。

 

ここ数日話題の「あいちトリエンナーレ2019」では、安倍総理や麻生大臣の顔面をヒールで踏みつぶしている作品、昭和天皇の御影を燃やしている動画など、多くの人を不快にささる芸術(?)が展示されているそうだ。

MSN

津田大介氏「変更含め検討」 表現の不自由展、抗議殺到…

主催者はこんな発言をしている。

 

感情を揺さぶるのが芸術なのに、『誰かの感情を害する』という理由で、自由な表現が制限されるケースが増えている。

 

この人は、自分の親の写真を燃やす動画を展示されたり、自分が愛する人の顔面をヒールで踏みつけられる作品を見せられても、平気なのだろうか?

それにしても、世の中、反面教師に溢れている(笑)。

 

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