死ぬのが怖い?

おはようございます!朝晩はまだ肌寒いですが、日中は随分と暖かくなってきました。それにしても、4月末ってこんなに寒かったかな?オフィスでは未だに暖房入れてます。

 

 

昨日、コロナ禍によって不安と恐怖におびえている人があぶりだされていることを書いたが、その根源になる問題が「死への恐怖」である。

 

誰でも死ぬのは恐い(もちろんぼくも)。ただ、死は誰にでも訪れるものであるにも関わらず、普段の生活ではほぼ意識しないこと。

 

しかし、今回のコロナにより死が身近なものとして否が応でも意識させられているのかもしれない。

 

特に一昔前と異なるのはネットの発達である。コロナで苦しんでいる人達や街中で痙攣しながら死んでいく人たちの動画を見せられたら、誰でも「いつかは自分も」という気持ちになるのは当たり前である。死というものがとてもリアルに感じられてしまう。

 

これはぼく個人の考え方だけれでも、そもそも死というのは普段から意識しておくべきものであって、忌み嫌ったり、目をそむけるべきではない(だからと言って悲壮感に苛まれながら生きろということではない)。

 

全ての人間は必ず死ぬのだから、それに対して常日頃から備えておく必要があると思っている。まさに備えあれば患いなしである。

 

ただ終活をしておけと言っているのではなく、いつ死が訪れてもいいように心の準備を整えておくことが大切だということ。

 

そして、もう一つ。

 

これもぼくの想像(妄想)なのだが、今のコロナで極度の不安・恐怖を抱いている人達は、生き甲斐を持っていないのかもしれない。毎日、楽しいという感覚を持てずに生きているのではないだろうか?

 

もしそうなら、今一度生き方・心の持ち方を考え直すいい機会かもしれない。

 

最後に手塚治虫の言葉をご紹介しておく。

 

死を怖がっていても何も始まらない。死にたくないといっても無理なのだ。死なないことが幸せではなく、生きがいを見つけることが大事なのだ。生きるとか死ぬとかを考えることは大したことではないのではないか。

 

死
最新情報をチェックしよう!