徹底的にやり抜くこと

おはようございます!今朝も4時起床。がっちり瞑想をし、先ほどトレーニングを終えたところ。

 

 

ボディビルは健康にとって良いか悪いかと聞かれたら、「悪い」と即答する。身体だけではない心にも大きなダメージを与える。

 

こんなこと書くと、日々トレーニングに勤しんでいるビルダーにとっては、余り気分の良いものではないだろう。

 

しかし、33年間(大会出場は25年間)トレーニングをしてきたぼくの結論がこれである。

 

もっと早く気づくべきであった・・・いや20年前に何となく違和感はあった。しかし、その後も大会には出続け、そのたびにボディビルの心身へのダメージを感じていたというのが本当のところ。

 

ただ、大会に出場するという人たちに「やめろ」とは言わない。言っても聞く耳を持っていないことを知っているからだ(過去の自分を振り返ってみて)。

 

これは、やはり身をもって思い知るしかないと思っている。自分でやってみて、検証してみて、そして腑に落ちなければならない。

 

もしかしたら、ぼくとは異なる結論に至る人もいるかもしれない。こんなのは、実践してみないとわからないのだ。

 

しかし、ボディビルがぼくの人生を変えたのも確かである。ボディビルを始めていなければ、カイロプラクターになろうと思わなかったのは確か。

 

さらに、ボディビルで肉体を鍛え上げるにつれ、精神性とのギャップに違和感を抱いたことが瞑想を始めるきっかけにもなった。

 

ぼくの人生は、19歳のとき大学入学と同時に始めたボディビルのお陰で大きく転換(もちろん良い方向へ)したのだ。これは紛れもない事実である。

 

ただ、一言だけ言えるのは、ボディビルも自分の遺伝子の限界までやり抜いた感はある。

 

妥協せず、徹底的に追求し、わき目もふらず、外野の言葉は一蹴し、とことんやったからこそ、つながってきた人生だと思っている。

 

そうでなければ、ボディビルはカイロプラクティックにも瞑想にもつながっていなかったと確信している。

 

何事も中途半端はだめである。やるなら、泣き言は吐かず、腹を据えて、徹底的にやり抜くこと。それが正しかろうが、間違っていようが関係ないのである。

 

だから、カイロプラクティックも瞑想も適当にやっているようでは、適当な結果しか生み出さない。いや、適当な結果どころか、何も生み出さないだろう。ゼロである。そして、何もつながっていかないのだ。

 

もう何年も前に、あるご住職からいただいた言葉が、今さらながらぼくの指針となっている。

 

「カイロプラクティックを徹底的に極めてください」

 

これ以上何も言われなかったが、言わんとされていることが、ますます身に沁みている今日この頃である。

 

 

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