子供のころ

先日、ある方とのメールのやり取りの中、「子供の頃の自分は、目の前のことに心も身体も一生懸命に取りくんでいたように思います」と言っていた。

この言葉を読んで思い出したのが、ある僧侶の方のお話である。

「タイの山奥での生活では都会のように便利ではないので、体を使う場面が多い。だから、一日の内の殆どを体にフォーカスせざるを得ない」

本質的には同じようなことを言っている。

 

文明の進化とともに、私たちの生活はとても便利になっている。

「便利」を追求するのが、進化の一側面だから当たり前の話だが。

「便利」の追求によって起こるのが、体への負担軽減である。

つまり、便利になればなるほど、体を使わなくて済むようになるのだ。

 

そうなると、今まで一日中、体を使っていたのに、そうでない時間が増えてくる。

すると、人間は頭の中でいろいろと思考を始めるのである。

その思考はほぼ妄想である。

そして、妄想はメンタルをむしばんでいく。

 

 

メールの話に戻す。

子供の頃は誰もが、将来の不安も過去の後悔ない(過去を後悔するほど生きていない)。

すると、自然に心は「今ここ」にフォーカスするようなる。

しかし、大人になると、心に妄想(未来と過去)が占める割合が増えていく。

だから、ほとんどの大人は「今ここ」の視点を忘れてしまっている。

 

もし、心が将来の不安と過去の後悔で埋め尽くされていたら、どうだろうか。

まったく楽しくないのは明らかである。

 

もし、毎日が楽しく過ごせていないのなら、あなたの心は未来と過去の妄想で埋め尽くされている可能性が高い。

 

写真はヤンゴンにある世界的に有名なチャンミ瞑想センター。

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