不自由な人生

  • 2021年2月19日
  • 2021年2月20日
  • 想うこと
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友人の中でもっとも古い付き合いになる人がいる。

渡米してすぐに知り合ったので、実に25年以上になるが、途切れることなく連絡を取り合っている。

まさに細く長くといった感じである。

これもネットのおかげである。

ネットがなければ、きっと今頃はお互い行方知れずとなっていたに違いない。

最初はEメールで、そして最近はラインでたまに連絡を取り合っている。

 

その友人に最近こんな質問をされた。

「人生の自由度」ってなに?

これは、ラインでの会話の中でぼくが使った言葉である。

 

人生の自由度と言うのは読んで字のごとくなのだが、初めて聞く人にはわかりにくい言葉かもしれない。

ぼく自身が生きる上で注意しているのが、人生の自由度を上げること。

それでは、不自由な人生とはいったいなんだろう?

それは、簡単に言ってしまえば、妄想まみれの人生である。

特に日本人は「不安妄想症」の人が多いので、これを例に説明してみる。

 

例えば、何かアクションを起こすとき、不安妄想症の人はたちまち心が不安でいっぱいになる。

でもよく考えてみると、何に対して不安を感じているかと言えば、まだ起こっていないことに対して。

つまり、自分で勝手に想像・創造した妄想に対して不安を抱いているのである。

そして、その不安(妄想)によって、そのアクションをやめることにする。

 

そういう人を観察していて面白いのは、すべての物事に対して不安妄想を発揮する点である。

その想像力(創造力)はある意味素晴らしい。

 

しかし、これはぼくから見れば明らかに「不自由な人生」であり、「人生の自由度」が著しく欠如している。

全て妄想によって操られている人生だからだ。

その妄想の出どころは自分自身の心なので、それはまさに自分で自分を縛り上げていることになる。

しかし、当の本人はそれさえ気づいていない。

そして、そのまま一生を終えてしまう。

妄想さえなければ、もっと人生を楽しめたのに。

 

「盲亀の浮木」と言う言葉を聞いたことがありますか。

これは、人間として生まれることが、いかに難しいかということを説明したたとえ話です。

盲亀、つまり盲目の亀がいます。

盲亀は大海の海底に居て、100年に一度海上に顔を出します。

大海には穴が開いた浮き木があります。

人間として生まれる確率は、「100年に一度海底から浮き上がってきた盲亀の頭が、大海をさまよう浮木の穴にちょうどはまる」確率と同じ程度であるということ。

それくらい、人間として生まれることは難しいということの喩えです。

 

せっかく、人間として生まれてこられたのですから、思う存分自分のやりたいことをとことんやればいいのです(社会貢献できればさらに良し)。

しかし、人生の自由度が制限されている人にとっては、人生を楽しむことも、自分のやりたいこともできません(自分のやりたいことすら感じられなくなっている場合もあります)。

 

人生の自由度を上げるために、大切なのは気づきです。

 

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