差別

この世の中から差別はなくなるのか?

在米中こんなことがあった。

 

ある日本人の知り合い(カイロプラクター)が、「黒人には犯罪を犯す奴が多い」ということを言ったのだ。

 

ぼくにとっては、衝撃的な言葉だったので未だに覚えている。

 

彼は続けて、「ニュースを見ていたらわかるけど、犯罪者の殆どが黒人だよ」とも・・・。

 

明らかに偏見に満ちた発言だ。しかし、彼のこの発言を耳にした後から、ニュースを見て黒人が犯人だと「彼の言うことも一理あるのかもしれない」と思うようになった。

 

そして、そのようなことが繰り返されるうちに、彼と同じように「黒人には犯罪を犯す奴が多い」という思考が強化されていった。

 

これは、一種の洗脳のようなものだろうか。彼の極端な偏見に満ちた思考が、ぼくの脳みそに入り込み、それによって自分の外側を見る目が変化し、偏った思考を強化していったのだ。

 

もちろん、今はその呪縛から解放されている。しかし、恐ろしいことに完全に解放されているわけではない。今は完全に向けて、薄皮を向くかの如く、少しずつ歩んでいる最中である。

 

 

アメリカで白人警官が無抵抗の黒人を射殺するという事件が多発している。必ず白人警官×黒人という構図だ。未だかつて、白人警官×白人というのは聞いたことがない(もしかしたら過去にあるのかもしれないが)。

 

これは今に始まったことではなく、もう何十年も前からあることだ。最近のネットの進化のお陰で、その一部始終が動画として、動かぬ証拠として残されるため、より真実味を帯びているだけだ。

 

 

果たして人種差別というのは、なくなるのであろうか?人種だけでない。この世の中に存在するあらゆる差別はなくなるのであろうか?

 

そもそも差別という心はどのようなメカニズムで生まれてくるのだろうか?

 

差別の根源は「自我」であるのは間違いないだろう。根本的には自分と他者との区別から始まっている。ここまでは良い。しかし、それが個々の偏見によって歪曲されると差別となっていく。

 

だから非常に厄介だ。我々の心に偏見は付き物だからだ。そういう観点からだと、差別はなくならないということになる。

 

究極的には全員が「無我の境地」に至れば良い。これが唯一の根本療法である。しかし、現実的ではない。

 

今考え得る最善は、こんな感じだ。

 

一人一人が自分の心が持っている偏見に気づき、それを修正していくこと。そういう努力を積み上げていくことが、やがて根本的解決へとつながっていく。

 

偏見まみれのぼくが言っても説得力がないけどね・・・(笑)

 

 

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この世の中から差別はなくなるのか?” への2件のフィードバック

  1. 差別されたと騒ぐ人。別に差別されたとか思わないで平気な人。同じ時間同じ場所にいながら感じ方が違うのも、何なのかな??これも、偏見?かな?

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