苦行

苦行によって精神的に成長できるのか?

おはようございます!今日の名古屋の最高気温は35℃になる模様。今朝は若干脳みそのパフォーマンスが落ちているような・・・。今日は早めにエアコンを入れるかな。

 

 

千日回峰行というのをご存じだろうか?

 

Wikipediaによると、

 

千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)は、日本の霊山で千日間かけて行われる、仏教・修験の巡拝行。

 

とある。

 

天台宗で行われている荒行である。

 

毎日48㎞の山道を16時間かけて歩く。それを1,000日間行うのだという(ただし、1000日間を数年間に分けて実施する)。

 

食事は朝と昼におにぎりを2個ずつ。当然のように栄養失調になる。体調は絶不調だろう。

 

以前ぼくはこのようなハードコアな感じが大好きだった。自分の精神と肉体を苛め抜くというやつだ。

 

そこには、「とにかく辛いことをすれば、心身共に鍛えられる」という妄信があった。当然ながらそういうことができる人を尊敬していたし、自分もその一員になりたいと思っていた。

 

だから、常に自分自身を叱咤激励し、肉体と心を自ら追い詰めることを好んで行った(千日回峰行ほど過酷ではないが)。

 

ボディビルの大会に出場していたころは、連日のようにハードトレーニングに明け暮れ、食事も徹底的に管理した。

 

(多いときは1日1.5時間のトレーニングを2回に有酸素運動を1時間、毎日20個の卵を食べ続けた)

 

お陰で鋼の肉体は手に入れたが、心の成長があったかと言えば、それには疑問符が付く。

 

 

そのようなスタンスは当然ながらカイロプラクティックへも及んだ。

 

スポーツ医学に特化したカイロプラクティックをということで、気づいたら医学博士号(スポーツ医学)まで取得していた。

 

 

話が横道にそれてしまった。

 

千日回峰行に戻そう。

 

果たして、千日回峰行を行ったとして一体何が得られるのだろう?

 

苦行によって肉体を徹底的に苛め抜くことによって、精神的にも成長が得られるのだろうか?

 

苦行をどのようにとらえるかによって、それは変わることと思うが、現在のぼくは「敢えてこんなことをしなくても、別の方法がある」と思っている。

 

2,600年前にブッダも苦行を否定している。

 

 

千日回峰行を完遂したお坊さんがこんなことを言っている。

 

行を通して学んだことは、「よく反省すること」「よく感謝をすること」「思いやりを持つこと」の3つです(http://www.sinkan.jp/special/kokoro/inta.html)。

 

大変素晴らしいことであるし、大切なことなのだが、毎日48㎞の山登りを1,000日間続けなくても、全て学ぶことができることではないだろうか?

 

それとも、そのように思うのはぼくの奢りなのだろうか?

 

 

2016年9月1日(木)関節運動学的セミナー@札幌(肘関節)

2016年9月25日(日)関節運動学的セミナー@大阪 (脊柱)

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苦行によって精神的に成長できるのか?” への10件のフィードバック

  1. Dr.S先生、こんにちは。
    連日 興味のある話題が続きます。(笑)
    千日回峰行を行う方も、以前のDr.S先生のストイックな追い込み方も尊敬していました。(自分がやってみたいと思うが絶対に出来ない事を実行している人をリスペクトするって感じの尊敬のし方かな?)
    ですが、今のDr.S先生を尊敬できなくなっているか?というと、全くそんな事はありません。(変わらないか更に尊敬度が増しています。)
    Dr.S先生が 今は無駄な事だったと思ってみえる(かも知れない)事(時間)を経ずして今の心境に達せたか?というと、「否」ではないかなぁ。
    もちろん私はDr.S先生ではないし、Dr.S先生も「それをしないで現在の境地を目指す人生」を再経験する事は不可能なので、結論は出ませんけどね。
    千日回峰行を完遂したお坊さんも、それをせずしては「千日回峰行など意味のない事だ」という境地には至れなかったんじゃないかな?(こういう事って、意外に凡人の方が真理に近い位置にいたりするから。)
    確か、1回でも死にそうな千日回峰行を3回くらい完遂したお坊さんがいたよなぁ。(この方かな?)
    その記事を読んだ時は単純に感動したけど、よく考えたら あれだけの修行をしたのに究極の境地に達せなかった、超ダメ修行僧じゃん!?(関係者の方、ごめんなさい。)
    この方は、もう千日回峰行を定期的にやる事自体が目標になっちゃってない?って。(悟りを開くという目的がすり変わっちゃてる。)
    あと未確認情報だけど、この流派では何年かに一回 誰かが千日回峰行を行うという不文律があって、「正直言って もう年でエライから 若い元気なヤツにやって欲しいんだけど、誰も立候補してくれないんだよなぁ。暗にみんなオレが又やってれたらって期待してるとしか考えられない。しょうがないなー、今回も手を挙げるかぁ。」みたいな・・・・。(関係者の方、本当にごめんなさい。)
    まとめますと、『その人にとっては或る境地に達する為に必要な行為だったのであって、やはりそれは必要な事(経過)だったのではないか』と考察します。
    だって、あのブッダでさえも 苦行のはてに それを否定する境地に達したんでしょ。
    (余談ですが、「 最強伝説 黒沢 」 というコミックで、主人公のダメ男が苦行に挑戦する高齢の高僧(高熱で行き倒れ救急搬送されてしまった)と間違えられて苦行(土中で数週間過ごす・・・即身成仏を目指すのとは違う)させられてしまった後、退院した高僧に「こんな事する意味あんのかよ?!」と問いかけ、高僧も「無い」と明快に答え、「今後この様な不文律は廃止にしよう」と提言する、ってのがありました。凡人になるのが一番難しい事かもね?)

    • コメントありがとうございます!

      Sr.さんのコメント、「今は無駄な事だったと思ってみえる(かも知れない)事(時間)を経ずして今の心境に達せたか?というと、「否」ではないかなぁ。」についてですが、Sr.さんのおっしゃる通りです。トレーニングを始めて15年くらいで何となく気づき始め、20年目に確信しました。ずいぶん時間がかかりましたが・・・(笑)。

      そして、「凡人になるのが一番難しい事」というコメントには大変共感しております。
      本当に平平凡凡というのが一番難しいと最近富に感じております。

  2. 『 実在の人物 』 ・・・ 知りませんでしたぁ!
    勉強し直してまいます。(笑)

  3. こんにちは!
    いつも勉強させていただいております。

    私もそのストイックさに惹かれるという感覚、わかるような気がいたします。

    さて、千日回峰行と聞くと思い出す、ちょっとしたエピソードがあります。
    私としては、あまり得るものがなかったと感じていますので、人には話したことのないエピソードなのですが。

    実は、タイである指導者の方のすすめで、「断食」や「眠らない修行」というものを実践したことがあります。
    断食(水のみ可)は、15日間続けました。
    眠らない修行は、数ヵ月続けました。
    一切睡眠をとらないというのは、数日ですら継続できなかったため、指導者の方との相談によって、一日数時間は睡眠をとってもよいという条件のもとで実践することになりました。

    タイでの断食は、自身の苦しみの感覚を徹底的に観る、直視する力を養い、眠らない修行は、常に覚醒していること(目覚めていること)で「気づき」を保ち、その力を身につけるために行うのだと教わりました。

    さて・・・結果はどうだったかと言いますと、実に情けない限りなのですが全然でした。

    断食は、歩くこともできないほど辛く、苦しいばかりで、瞑想どころではありませんでした。
    眠らない修行は、眠いばかりで気づきどころではありませんでした。

    ひとつだけ気がついたことがあるとすれば、空腹であっても、苦痛の最中であっても、私の場合は、少しも欲は無くならなかったということです。
    食べたいし、寝たいし、善からぬ考えは尽きません。
    性的な欲求ですら枯れることはなく、むしろこんこんと湧き上がってくるのでした。
    断食中で身体はふらふらなのに、女性へはしっかりと視線が向かってしまいます。
    まだ、そんなことを考える余裕があるということなのでしょうかね・・・。

    実にお恥ずかしい限りなのですが、何も得られなかったのは、もしかすると私の修行に対する決意と取り組み方が中途半端だったからなのかもしれないと思うこともあります。
    もっともっと徹底して取り組んでいれば、さらに進展していたのかも・・・と。
    しかし、当時としては懸命に取り組んだつもりでしたので、やはりそれが私の限界だったのでしょうね。

    その後、私は、規則正しく寝て、規則正しく生活をしながら瞑想実践をしていくというオーソドックスなスタイルのほうが私に合っているという結論に達し、ごく普通の森のお寺や瞑想センターで実践されている一般的なスタイルで瞑想実践することにしました。

    千日回峰行に比べれば私の体験など真似事にしかすぎないのですが、断食・断水・不眠・不臥を達成することができるのは、やはりすごい精神力だと思います。私にはできないことです。

    何を得ることができたのかは、人それぞれなのかもしれません。
    もしかすると、その方には、そうした過程が必要だったのかもしれません。

    千日回峰行と聞くと思い出す、私のタイでのエピソードでした。

    • コメントありがとうございます!

      ”断食(水のみ可)は、15日間続けました。
      眠らない修行は、数ヵ月続けました。”

      これは、命にもかかわるような苦行です。第二次世界大戦中、拷問で「眠らせない」というのがあったそうです。数日内で幻覚や幻聴が現れてくるということですから、脳みそに相当なダメージが加わっているのではないでしょうか?それにしても、テーラワーダ仏教の国でそのような修行が行われているということに少し驚きました。

      貴重な実体験話を聞かせていただき、ありがとうございました。

  4. Dr.Sさま
    黒崎健時さん、知ってます! 『空手バカ一代』の愛読者だったので・・・。
    でも、このエピソードは知りませんでした。

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