幸福感度

おはようございます!路面は濡れていますが、朝来るときは雨はまだ降っていませんでした。名古屋は午後から雨模様なので、今日は止む無く濡れて帰ることになりそうです。

 

 

最近、ツイッターで流れてきた記事に面白いものがありました。

 

http://president.jp/articles/-/21655

 

この記事の中に以下のような文が紹介されています。

 

「もうそれ以上は幸福感を味わえないという所得の閾値は、物価の高い地域では、年間所得ベースで約7万5000ドルだった(物価の低い地域ではもうすこし少ないだろう)。この閾値を超えると、所得に伴う幸福感の増え方は、平均してゼロになる。所得が多ければ多いほど、好きなところへ旅行に行けるしオペラも見られるなど多くの楽しみを買えるうえ、生活環境も改善できるのはまちがいないのだから、これはじつに驚くべき結果と言える。」(『ファスト&スロー下』ダニエル・カーネマン著)

 

7万5000ドルというのは、およそ800万円。つまり、年収が800万円を超えると、幸福度との相関性が崩れ、プラトーに到達するということです。

 

似たようなことは、他の学者の話でも聞いたことがありますが、この文章を書いたカーネマンという人は、その原因について彼独自の解釈を加えています。これが興味深い。

 

「なぜこうした追加的な快楽は、感情経験を高められないのだろうか。考えられるひとつの解釈は、所得が増えるほど生活の小さな他の楽しみを味わう能力が減ってくるのではないか、ということである」

 

つまり、彼は「経済的な豊かさは小さな幸せに対する感度を鈍らせるのではないか」と主張しています。

 

「当たり前」と思ってしまうと、幸せ感度は鈍ります。それと同時に感謝の気持ちも失せてしまう。

 

感謝の気持ちが小さくなると、どうなるだろう?きっと、そういう人は不平不満の多い、いつも文句ばかり言う人になってしまうでしょう。そんな人のそばにいても楽しくないですね。何より、本人が楽しくないはずです。

 

このことは、先日の記事にも書いた大富豪ロックフェラーが「もう少しお金が欲しい」と言った話にも通じるかもしれません。兆単位のお金を手にしても、まだ気持ちは満たされないままというのは、悲劇としか言いようがありません。

 

 

ところで、カーネマンさんは、所得がある数値を超えると幸福度は頭打ちになると言っていますが、ぼくはむしろ幸福度は低下するのではないかと感じています(ぼく自身が金持ちになったことがないのであくまでも推測ですが(笑))。

 

それでは、金持ちと幸福度の高さは両立しないかというと、そんなことはないでしょう。日々、当たり前と思っていることに目を向け、それに心の底から感謝できるようになればいいわけです。

 

要は外側の環境がどんなに整っていても、内側の環境が整っていなければ、幸福感度は鈍ってしまいますよといことです。

 

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