『只管打坐』しかし『心身脱落』

おはようございます!名古屋では先ほどまで大粒の雪が降っていましたが、今は止んで少し青空も見えています。今日も寒いですね。

 

 

昨日は普段はあまり見ない映画を見ました。

 

タイトルは『禅』。

 

道元の生涯を描いた映画です。

 

道元と言えばすぐに思いつくのが『只管打坐』。

 

映画の中でも何度となくこの言葉が出てきました。

 

只管というのは、『ただひたすら』という意味ではありません。

 

『ただひたすら』と言うと、何だか『がんばっている』というニュアンスが含まれてしまうような感じがしますが、只管の中にはがんばるという意味合いは含まれていないと思います。

 

 

この映画を見て感じたぼくなりの只管打坐の解釈は、「一生懸命がんばるわけでもなく、しかしだらけて座っているというわけでもない。きっちり姿勢を正して静かに座禅をしているのですが、そこに『悟るぞ!』というような気負いもない。ただただそこに身を置くだけ。」という感じかな。

 

映画の中では只管打坐ともう一つ印象に残った言葉があります。それは『心身脱落』。これは道元が中国(当時の宋)に渡って出会った師となるお坊さんから言われた言葉です。

 

『只管打坐』しかし『心身脱落』というのが、道元が座禅をするときのコアになっていた考え方だったのでしょう。

 

久しぶりに良い映画を見ました。

 

【お知らせ】

12月31日(日)から1月7日(日)まで終日お休みです


スポーツ医学&カイロプラクティック研究所
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