どこに移っても適応可能な境地

おはようございます!毎日良い天気が続いている。朝から陽射しがまぶしい。しかし、空気が乾燥していて気持ちがいい。唯一この時期は、LAの気候と同じである。

今朝の日経新聞で面白い記事を読んだ。以下抜粋。

徳岡晃一郎・多摩大学大学院教授は、「これからは自分を『事業主』と考え、自らのビジョンづくり、棚卸し、計画策定に責任を持つ時代だ」と話す。どこに移っても適応可能な境地に達していること。それがぬるま湯とは違う、もう一つのコンフォート・ゾーン(この場合は、安住・満足の地)をつかむ条件だということだろう。

これは、30年前、ぼくがまだ大学生のころ考えていたこととドンピシャである。特に「どこに移っても適応可能な境地に達していること」というのは、当時のぼくがもっとも求めていたことであった。当時、ぼくはそれを「地力を身に着ける」と表現していたが・・・。

「どこに移っても適応可能な境地」または「地力を身に着けること」の答えが、「日本を離れること」であり、「カイロプラクターになること」であった。

今振り返ると最適解であったとしみじみと感じている。この選択をした昔の自分を褒めてあげたい(笑)。

そして、今はその境地に達しているかと言うと、明確に「達している」と断言できる。今は日本に住んでいるが、「次のステージ」のためには日本にまったくこだわりはない。むしろ、アウエーで「地力」を試してみたいという思いが強い。

同記事には、以下のようなことも書かれてある。

自然界には成長段階や環境に応じて生息場所を移る行動、すなわち回遊をする生き物が多いが、人間にも様々な知と知を渡り、結合させ、今までなかった世界を発見・創造する営みが必要だ。

カイロプラクターとしての成長段階に応じて、物理的(必要ならば)にも精神的にも回遊することが自然であり必然なのだと思う。逆説的に言えば、一つ所に留まっているのなら、そこには何も成長がないことを証明しているのかもしれない。

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スポーツ医学&カイロプラクティック研究所

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