Passion

おはようございます!今朝も名古屋は雨です。梅雨の時期よりも雨が多い感じがしています。明日も雨模様。

 

 

もう随分昔の話ですが、ある瞑想センターで指導者に「なぜPassionを持ってはいけないのか?」という質問をしたことがあります。

 

Passionは日本語では『情熱』という意味になります。この質問をした理由は、その瞑想センターにおいてPassionが否定的に捉えられていたからです。Passionを持つことで心の平静が失われるということです。

 

わからないわけではありませんが、我々一般人は情熱をもって実行することで、何かをやり遂げるということが普通ですので、このことに非常に違和感を覚えていました。だから、敢えて指導者に質問したのです。

 

敢えて英語でPassionと書いたのは、その指導者がアメリカ人だったからです。ちなみに、出家僧ではありません。

 

ところで、その方の返事は有無も言わさず「No」の一点張り。その理由も何も説明してくれませんでした。しかも、若干切れ気味に答えていただきました(笑)。

 

「情熱をもって何かをやること」は、出家でない限り、ぼくは未だに大切なことだと思っています。それによって、大きく心が乱される場合はバランスを崩していると思われますが・・。

 

ただ、若干ニュアンスが異なります。あえて言えば「何かを実行している過程で気づいたら情熱をもってやっていた」という感じです。だから、意識して情熱を持つということではありません。あくまでも結果としてということ。

 

何か「面白そうに見えること」を見つけたら、とりあえずやってみる。すると、気づいたらもっと面白くなっていたというのが、今までのパターン。

 

今一番面白いのが、ミャンマーでの活動。カイロプラクティックと社会貢献がダイレクトにつながっているのが、大きなポイントです。

 

将来的にどのような広がりを見せていくのかまったく想像できませんが、ただ一つ今言えることは、「Passionをもって実行している!」ということのみです。

 

【お知らせ】


スポーツ医学&カイロプラクティック研究所
名古屋市中村区竹橋町13-18オフィスワンタケハシ5階
(名古屋駅より徒歩5分)
電話:052-452-5006

Passion” への2件のフィードバック

  1. 全く同感です。

    今思えば、ボディビル、ダンスと情熱的に取り組んでいたなぁ~と思います。しかし、その当時はただ単に好きで好きで時間が経つのも忘れる程に取り組んでいたというだけで、敢えて情熱的にやってるなんて意識はサラサラありませんでした。

    トレーニング仲間とトムプラッツ並の脚を目指して超ヘビーなレッグプレスを吐き気を催すまで追い込んだ日々が懐かしいです...嗚呼、あの情熱は何処に...

    • コメントありがとうございます。

      「トレーニング仲間とトムプラッツ並の脚を目指して超ヘビーなレッグプレス」

      脚と言えばトムプラッツ!
      お尻がフロアーにつくのではないかと思われるほどの妥協のないフルスクワット。
      ぼくも彼のトレーニングにどれほど感化されたことか!

      ホント、懐かしいです。

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