慈善カイロプラクティック治療@ヤンゴン(Ratana Metta Organization)

今年の6月にRatana Metta Organizationのクリニックにて診療した際は、初めての試みにも関わらず(しかも事前通知なし、ゲリラ的に出向いて)10名ほどの患者さんを診ることができた。この時は一人だったので、この人数でちょうど良かった。

Ratana Metta Organizationはミャンマーの子供らを支援している慈善段階である

つまり、今回は第2回の慈善カイロプラクティック治療ということになる。今回は事前に準備をして、Ratana Metta Organizationにも我々の活動を告知してもらうためにチラシを作成してメールにて送付しておいた。

Ratana Metta Organizationの会長と記念撮影

ただ、どの位の数の患者さんが、診療を希望されるのかはまったく想像がつかなかった。一昨日の記事にも書いたように、もし人数が極端に少ない場合は、チラシ配りをするつもりでいたくらいだ。何と言っても、今回はぼく以外に2名のカイロプラクターも帯同しているのだから。

しかし、これも杞憂に過ぎなかった。クリニックに到着したら、待合室は既に多くの患者さんでごった返していたからだ。

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早速、一人目の患者さんを診始める木瀧(上)&北浦(下)の両先生

膝痛の患者さんが非常に多かった

今回の慈善カイロプラクティック治療で、ぼくが確かめたかったのは、ミャンマーにおけるカイロプラクティックの需要度(受容度とも言える)である。ミャンマーではカイロプラクティックはまったく未知の医療。それが、どの程度、ミャンマーの方たちに受け入れられるのかを知りたかったのだ。

そして、今後のミャンマーにおけるカイロプラクティックの位置づけは、我々の活動如何に関わっていることも重要なポイントである。

カイロプラクティックを受診することで、恩恵を感じるミャンマー人が多ければ、将来的にこの国でもカイロプラクティックが浸透していくに違いない。今回参加した、そして将来参加するカイロプラクターは、非常に重要な役割を担っているということだ。

そして、先日の記事にも書いたように、今回の慈善カイロプラクティック治療は、大成功に終わった。蓋を開けてみれば、我々3人で50名もの患者さんを診ることができたのだ。

診療後のミャンマービールは格別だったに違いない

 

木瀧&北浦両先生は、当日ヤンゴンに到着したにも関わらず、その足でクリニックへ出向き診療していただいた。そして、彼らの治療により多くのミャンマー人が恩恵を感じているのを目の当たりにすることができた。

それも、彼らがカイロプラクターとして日々実力を積み上げてきたからに他ならない。日本人以外でも(たとえ言葉の壁があったとしても)、実力さえあればどこへ行っても、どんな国でも自分の技術によって社会貢献できることを肌で実感してくれたと思う。彼らにとっては、非常に意義深い体験となったはずだ。そして、さらにカイロプラクターとしての経験値がアップしたのは間違いない。当然ながら、日本では絶対に経験することはできない。

30年前、ぼくがカイロプラクターになることを決意した理由の一つが、「環境に左右されない生きる実力が欲しい」と思ったからだ。「日本でなければ生きていけない」とか「会社が潰れたらどうしたらいいかわからない」という生き方だけはしたくなかったのだ。

今回の慈善カイロプラクティック治療では、ミャンマーの人たちにカイロプラクティックの恩恵を感じてもらえたこと。そして帯同していただいた両氏が、カイロプラクターとしてできるポテンシャルに気づいてもらえた(おそらく)ことが、とても嬉しく思っている。

この活動は今後もまだまだ続く。

サインさんから瞑想のヒントをもらっている木瀧先生
(サインさんはチャンミ瞑想センターで日本語の通訳をしている)

ヤンゴンの中心にあるスーレーパゴダ

以下は今回の同行カイロプラクターのブログです。

こちらも併せてどうぞ。

札幌の木瀧先生;https://ameblo.jp/shin-chiro/

大阪の北浦先生; https://ameblo.jp/hibi-chiro/

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